私は1969年生まれなので、ええ歳したおっさんだが、未だにマンガ・アニメ・ゲームには興味をもっている。
おそらく、この歳でもマンガ・アニメ・ゲームの事が言えるのは、結婚していないので、ふらふらする事が出来るからだろうなと思う。
しかし、幼い頃の感覚とは違い、“どうしてこのマンガ・アニメ・ゲームが流行っているのだろう?流行っている今のご時世はどういうものだろう?”と言う観点から見ているところが大きい。
まぁ、中には純粋に面白そうなので観てみたいと思うものも多少はあるが…
30歳前後の時、マンガ・アニメ・ゲームへの興味が薄れていた頃、真夜中に『マクロス7』をやっていた。
最初はおもしろくないなと思っていたが、最終的には嵌った。
理由は、私が持っていた概念を覆してくれたからだ。
・ミサイルを敵に打って悩む主人公なんて…
・戦争そっちのけで自分の歌を敵味方関係なく聞かせたいなんて…
なんという発想!
うろ覚えだが、“湘南爆走族”を描いていた吉田聡は、少年サンデーの何十周年記念かで、読み切りマンガを描き、最後に感想が書かれていた。
そこには、「マンガは子供のものだ。だが、マンガは大人が描く。大人が伝えたい事がマンガに描かれているのだ。」と言う様な事が書かれていた。(と思う。)
『マクロス7』は、アニメではあるが、これに当てはまっていると思う。変な話だが、『マクロス7』を観て、「こんなアニメが当時受けていたなんて、世の中捨てたもんじゃないやん。」と勝手に納得していた。
それ以来、マンガ・アニメ・ゲームに関わらず、作り手はどういう思いを伝えようとしているのだろう。
また、何をもって、この作品が受け入れられるのだろうと思って、観るようになった。
話は変わるが、最近“Yack Deculture”と思う出来事があった。
『アイシスちゃん』だ。
これができた経緯は大変興味深い。
私の中では『アイシスちゃん』と『マクロス7』は、何となく結びついている。
今までの概念をひっくり返してくれているからだ。
平和に…、いや、どうすれば面白くなるかと思っているんやろなぁ。
たぶん、『アイシスちゃん』を見た外人さんの評論家は“Yack Deculture”と思ってしまったやろなと思う。
おそらく、この歳でもマンガ・アニメ・ゲームの事が言えるのは、結婚していないので、ふらふらする事が出来るからだろうなと思う。
しかし、幼い頃の感覚とは違い、“どうしてこのマンガ・アニメ・ゲームが流行っているのだろう?流行っている今のご時世はどういうものだろう?”と言う観点から見ているところが大きい。
まぁ、中には純粋に面白そうなので観てみたいと思うものも多少はあるが…
30歳前後の時、マンガ・アニメ・ゲームへの興味が薄れていた頃、真夜中に『マクロス7』をやっていた。
最初はおもしろくないなと思っていたが、最終的には嵌った。
理由は、私が持っていた概念を覆してくれたからだ。
・ミサイルを敵に打って悩む主人公なんて…
・戦争そっちのけで自分の歌を敵味方関係なく聞かせたいなんて…
なんという発想!
うろ覚えだが、“湘南爆走族”を描いていた吉田聡は、少年サンデーの何十周年記念かで、読み切りマンガを描き、最後に感想が書かれていた。
そこには、「マンガは子供のものだ。だが、マンガは大人が描く。大人が伝えたい事がマンガに描かれているのだ。」と言う様な事が書かれていた。(と思う。)
『マクロス7』は、アニメではあるが、これに当てはまっていると思う。変な話だが、『マクロス7』を観て、「こんなアニメが当時受けていたなんて、世の中捨てたもんじゃないやん。」と勝手に納得していた。
それ以来、マンガ・アニメ・ゲームに関わらず、作り手はどういう思いを伝えようとしているのだろう。
また、何をもって、この作品が受け入れられるのだろうと思って、観るようになった。
話は変わるが、最近“Yack Deculture”と思う出来事があった。
『アイシスちゃん』だ。
これができた経緯は大変興味深い。
私の中では『アイシスちゃん』と『マクロス7』は、何となく結びついている。
今までの概念をひっくり返してくれているからだ。
平和に…、いや、どうすれば面白くなるかと思っているんやろなぁ。
たぶん、『アイシスちゃん』を見た外人さんの評論家は“Yack Deculture”と思ってしまったやろなと思う。

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